2011年11月17日木曜日

飛騨川豪雨災害

 1988年9月には、台風の豪雨で、岐阜県の飛騨川沿いで斜面崩壊と土石流が多発した。この地域は、たびたび豪雨災害が繰り返されているところで、以前に土石流によってバス転落事故があった箇所である。道路の点検をやっていたところであって、すぐの調査に出かけた。崩壊は表層崩壊が多いのであるが、渓流の土砂がほとんど抜け出して土石流になっていた。渓流土砂が流出しやすい地質のようである。
 それとは別に、崩壊にも特徴があった。植生にとって崩壊しやすいところがありそうだ。広葉樹より植林地で表層崩壊が多く、特に、植生管理の出来ていないもやし林での崩壊が多いことがわかってきた。植生と表層崩壊の関係を研究しようと考えるきっかけになった現場である。論文も掲載し勉強になった案件であった。
 スギ植林での崩壊があるなか、モミの木が1本崩壊を免れていた。小説ではないが、モミの木は残ったである。

2011年11月11日金曜日

白河土砂災害

  白河土砂災害は、1988年8月に起こった。福島県白河地方と栃木県那須地方で大きな被害が出た。老人ホーム太陽の国では逃げ遅れた方が帰らぬ人となった。すぐに現場に駆けつけ広域に調査した。今まで見たことがない表層崩壊がたくさん確認できた。木が立ったままで斜面を橇に乗ったように滑り落ちている。かなりの速さである。この現象をきっかけに根系層崩壊という論文をかいた。つまり、木の根が表土の下の地盤まで入らないような特殊な地質が原因だ。専門用語では低溶結火砕流堆積物である。このような木の根の減災効果が発揮できない特殊な地質は他にもあることがあとでわかってくる。
 大変勉強になった現場であった。

2011年11月9日水曜日

災害のたびに現場に

 1991年に環境地質を作って、災害があるたびに現場に出かけるようにした。コンセプトは、環境地質技術は現場にあるという強い意志にある。会社を作った1991年には雲仙普賢岳が噴火し、多くの被害を出した。火砕流という言葉も一般化したほどいろいろな報道が続いた。
 噴火から、20年ほどが経ち忘れられがちであるが、10年や20年の節目ごとには現地を訪れ講演などをやらせていただいている。当時の災害の大変さや防災の工夫を忘れないようにしないといけないと思う。1991年から2011年までの間に、災害直後に調査した現場は、火山噴火で雲仙をはじめ4火山、地震災害では阪神淡路大震災をはじめ10地震、豪雨災害では白河土砂災害はじめ10災害となった。最近20年間に起こった我が国の主要な自然災害はすべて見てきた思う。私の大変な財産である。現場を見ると環境地質技術の新しい発想が生まれる。被災した方には申し訳ないが、それが私の恩返しと思うようにしている。これから現場調査は続けるが、世代交代も必要だろう。
 災害調査では、いろいろな優秀な方と一緒することが常である。彼らとの意見交換も重要な財産と思う。個人の努力は必要だが、技術士は1人だけでは成長しない。広い分野の人のネットワークの大切さがわかる。

2011年11月7日月曜日

鉄根打設工法

 学位論文から発展して、表層崩壊の防止になる鉄根打設工法を考案し、特許をとることにした。鉄根打設工法は、木の根では足りない要素を鉄の根に置き換えて表層崩壊を防ぐもので、木を切らなくてもよい。大変環境に優れた工法で、都市斜面だけでなく、山間地や森林斜面にもうってつけである。
 さて、対策の前に表土の厚さや強度を調べる必要がある。表土の調査方法は、土木研究所で開発された土層検査棒がよい。軽くて簡単で、しかも土層の強度が直接求められる。購入していろいろ試してみたところ、使えることがわかった。でも、値段が高い。いろいろな方がやるには、その半額でないとだめだろう。土木研究所と交渉し、特許使用による販売代理店契約をした上で、私の事務所のある川崎近くの町工場に同じものを半額で作れるような技術開発をして売り出している。今のところ順調に売れている。
 次は、自分で特許をとった表層崩壊の防止になる鉄根打設工法の売出しである。試作を首都圏のいろいろな斜面でやっているが、今のところ対策斜面での崩壊はない。崖には個性があるので、その場その場でいろいろな工夫は必要だが、大丈夫だろう。
 学位論文から、特許に発展して、斜面対策の工法まで考案できたのは技術士としてもすばらしいことだと思っている。あとは売れないといけないがーーー。

2011年11月5日土曜日

ポーランドの地すべり

 ポーランドでの国際会議と地質・地すべり巡検もあった。一番の印象は、タトラス山脈の2重山稜である。ロープウェーで山頂近くに着くと、周りは雲の中で真っ白である。稜線沿いにトレッキングしながら山を下る計画である。とにかく出発。途中から快晴に変わった。世界で始めて文献に載った2重山稜をみて感激し、何枚も写真を撮った。下りも氷河地形が随所にあり、距離は長かったが飽きないトレッキングであった。
 そのほか、いろいろな地すべりを見学した。都市内の河川沿いのすべり、田舎のゆっくりとしたすべり、山岳地の斜面崩壊と興味は尽きないが、日本と違って降水量の少ない地域のすべりは、何か勢いというかすべりの速さを感じさせない印象であった。そのほか、巨大な露天掘り炭鉱のすべりや岩塩鉱山内での会食、バルト海の海岸侵食をみたのもよい経験である。
 ドイツやロシアとの国境問題や、首都ワルシャワ・古都クラクフの都市文化も考えることが出来た。バルト海沿いなどで取れるアンバー(琥珀)はお土産に最適で、私は、琥珀のほかに岩塩のランプや木の彫刻品も買ってかえった。いつも、何でこんな土産?と家族に言われるが、このときは、喜んでもらった。
 技術士のよい勉強になっている。

2011年11月3日木曜日

ネパールに飛んで

 学位論文書く中で、ネパールでの調査を5年間程度飛び飛びに行った。道路斜面のハザードマップや世界遺産の斜面保全、地震防災の問題である。大学の研究に参加させていただく格好であり、その中で国際会議の発表や座長などもさせていただき大変勉強になった。ネパールでの友人も増えた。研究の最終年には学長からじきじきに感謝状をいただいた。ネパールは日本とよく似た地形・地質の山国で、日本の斜面防災技術は大変に参考になるはずである。もちろん高価なハードの対策技術は難しいが、植生を考慮した斜面安定技術は使えそうに思う。
 調査の合間に、世界遺産寺院の散策やエベレストを見るフライト、夜のロキシーでの乾杯などもいいものだ。

2011年11月1日火曜日

子供とサッカー

 そういえば、会社勤めの時には子供と遊べなかった分、独立してから、子供と多摩川河川敷に草サッカーをやりによく出かけた。もちろん子供が小さいときである。ゴールは服や木の枝を2つづつ置いて作るだけ、ボールは小さいスポンジボール、小さい子供には安全だ、真っ暗になるまで走り回ってどろどろになって帰る。行き帰りはいつも自転車だ。子供が少し大きくなっても続けていた。ボールはフットサルの大きさになった。娘の友達の女子高生にも教えた。みんな元気だ。
 体育館でもフットサルをやった。娘や息子の仲間である。みんな良い人だ。最近、行く機会がめっきり減って、体がなまっているな。娘や息子も、最近働くようになって、いそがしそうで、あまりボールに触っていないようだ。近くの公園でドリブルでもしようかなー。